大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)3582号 判決

原告(反訴被告)

彦坂充昭

被告

山口幸隆

反訴原告

山口和子

主文

一  原告の被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務の存在しないことを確認する。

二  被告は、原告に対し、金二八万八九四六円及びこれに対する平成七年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  反訴原告の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴について生じた分は、これを三〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とし、反訴について生じた分は、反訴原告の負担とする。

六  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴請求

1  主文第一項同旨

2  被告は、原告に対し、金三三万〇二二四円及びこれに対する平成七年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求

原告は、反訴原告に対し、金一七九万九一七五円及びこれに対する平成七年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、道路を直進走行中の普通乗用自動車と、右道路に交差道路から右折進入した普通貨物自動車とが衝突した事故につき、右普通乗用自動車の運転者(所有者)が、本訴により、右普通貨物自動車の運転者(所有者)に対し右事故による損害賠償債務が存在しないことの確認と車両修理費に係る損害の賠償を求め、右普通貨物自動車の同乗者が、反訴により、右普通乗用自動車の運転者に対し、右事故による治療費その他の損害の賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成七年一月一六日午後一〇時ころ、普通乗用自動車(以下「原告車」という。)を運転して、愛知県豊明市阿野町惣作七〇番地一の国道一号線上り三二・九キロポスト先路線上を東から西に向かつて直進走行中、被告が運転し、被告の妻の反訴原告が同乗する普通貨物自動車(以下「被告車」という。)が交差道路の北側から右国道に右折進入して来て、原告車の右前部ヘツドライト付近と被告車の左後部角とが衝突した。

2  原告車が走行した国道一号線と被告車が走行した右交差道路(以下「本件交差道路」という。)との交差点(以下「本件交差点」という。)には、信号機は設けられておらず、右交差道路側には一時停止の道路標識及び道路標示が設けられていた。

3  原告には、本件事故の発生につき、前方不注視の過失がある。

4  原告は、原告車を所有し、本件事故当時これを運行の用に供していた。

5  反訴原告は、本件事故による損害につき、自賠責保険から二四〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  本件事故の態様及び双方の過失

(一) 原告の主張

被告は、被告車を運転して本件交差道路から本件交差点に進入するに当たり、交差点手前には一時停止の標示が設けられていたのであるから、一時停止をして進路前方左右の安全を確認してから交差点に進入すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と被告車を本件交差点に進入させ、もつて本件事故を惹起させたものである。

(二) 被告及び反訴原告の主張

被告は、本件交差道路から本件交差点を右折するに当たり、被告車を停止させ、同乗者の反訴原告ともども左方を確認したところ、国道一号線上には車両が認められなかつたので、発進して右折を完了し、国道一号線を三〇ないし四〇メートル進行し、前方の信号交差点の手前約五〇メートルの地点で対面信号が黄色に変わるのを見てアクセルペダルから足を離した時、急ブレーキの音を聞くのとほとんど同時に、原告車に追突された。

右のとおり、本件事故の発生については、原告に全面的な過失がある。

2  原告の損害額

原告は、本件事故により、原告車の修理費四一万二七八〇円相当の損害を被つた旨主張し、被告は、右主張を争う。

3  反訴原告の損害額

(一) 反訴原告の主張

反訴原告は、本件事故により、頸部、背部及び左肩の各挫傷の傷害を負い、治療費二六万八〇八〇円、通院交通費二一万五二〇〇円、休業損害一九五万五八九五円、慰謝料一六〇万円、弁護士費用一六万円の各損害を被つた。

(二) 原告の主張

被告車は本件事故により後部左角がわずかに凹損しただけであつて、反訴原告は受傷するほどの衝撃を受けておらず、また、反訴原告には椎間板障害の既往症が認められるから、本件事故後の反訴原告の通院治療と本件事故との間には相当因果関係がない。

4  被告の損害額

被告は、本件事故により、被告にも損害が生じている旨主張するが、その内容及び金額を主張、立証しない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

(一)  証拠(甲二、五、乙二ないし四、原告)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、前記のとおり、原告車を運転して国道一号線を走行し、最高速度の時速五〇キロメートルの規制を上廻る時速約七〇キロメートルで本件交差点付近まで進行して来て、本件交差道路に沿つてその東側を南北に走る国道二三号線(名四国道)が国道一号線と交差する高架の下を通過しようとした時、被告車が緩速度で本件交差道路の北側から本件交差点に右折進入しようとしているのを別紙第一図面の〈1〉の地点付近に発見した。

(2) 原告は、被告車を見て、同車が原告車の通過を待つてくれるものと考え、アクセルペダルを若干緩めて時速約六〇キロメートルないし七〇キロメートルでそのまま直進した。

(3) しかし、被告車は、前記〈1〉の地点付近では停止せず、のろのろとした緩速度のまま右折を開始したが、原告は、原告車の走行道路が優先道路であり、しかも、原告車は至近距離に接近していたことから、被告車は当然に原告車の通過を待つて原告車の走行車線に進入するものと考え、そのまま進行したところ、被告車は停止する様子を見せず、原告車が別紙第一図面の〈イ〉の地点付近まで進行した時には、被告車は同図面の〈2〉の地点付近まで進出して来ていたため、原告は危険を感じて急ブレーキを踏むとともに原告車を道路の左端に寄せる措置を講じたが、その時には被告車との衝突を回避する余地はなく、同図面の〈ウ〉の地点まで進行して同図面の〈×〉の地点で衝突し、衝突後、原告車は同図面の〈エ〉の地点で停止し、被告車は同図面の〈4〉の地点まで進行して停止した。

(二)  これに対し、乙第一二号証(被告作成の陳述書)及び被告本人尋問の結果中には、被告は、別紙第一図面の〈1〉の地点で一時停止をし、左方を見て、国道一号線の西進車線には左方約一二〇メートル先にある交差点の付近まで走行車両が一台もないことを確認し、助手席に同乗していた反訴原告も左方の安全を確認した上で、被告は右折を開始し同車線に進入して、直進状態になつた後三〇メートルないし四〇メートル進行し、被告車の速度が時速四〇キロメートルないし五〇キロメートルに達した時に、前方の交差点の対面信号が黄色に変わるのを認めてアクセルペダルから足を離したが、その直前ころ、ものすごい急ブレーキの音がかなり長時間鳴り響いていたため、被告が「また暴走族が名四を走つているようだな。」と独り言のように言つたので、反訴原告は首を左上方に向けやや身を乗りだすような姿勢で名四国道(国道二三号線)の方を見上げていた時、前記の急ブレーキの音を聞いてから更に二〇メートルないし三〇メートル進行し、未だその音が聞こえている間に、被告車は原告車に追突されたものであり、衝突地点は、同図面の〈×〉の地点ではなく、右地点より約二〇メートル西方の別紙第二図面の〈×〉'の地点であるという趣旨の供述部分があり、反訴原告本人尋問の結果中にも、被告の右供述部分に符合する供述部分がある。

しかし、被告が供述する衝突地点は、警察官が原告と被告の立会いの下に実施し作成した実況見分調書(甲二)の記載と矛盾するのみならず、前記(一)掲記の証拠によれば被告車が国道一号線の西進車線に進入した位置は別紙第一図面の〈2〉の地点付近であると認められるところ、被告の前記供述と甲第一号証を総合すると、右〈2〉地点から被告が衝突地点であるとする別紙第二図面の〈×〉'地点までの距離は約四一・五メートルとなり、そうすると、被告車が右四〇メートル程度の距離を走行した間に、被告が右車線進入後衝突までに体験したものとして供述した前記各事実が現実に順次生起するということはあり得ないものといわなければならない。

そのほかにも、被告は、本件事故の態様は原告車の右前部ヘツドライト付近と被告車の左後部角とが衝突したものであることが明らかであるのに、その本人尋問において、被告車は国道一号線の西進車線左端の縁石から約一メートル内側の進路を走行していた旨供述し、原告代理人からそのような進路を走行したのであれば、右のような衝突の態様にはならないのではないかという観点からの矛盾を指摘されて右供述を翻し、また、証拠(乙四。本件事故後に原告車を撮影した写真)によれば、原告車は、本件事故の態様に即応して、右前部が少なからず破損し、左前部ないし左側面には特に指摘すべき破損個所はないことが認められるのに、その本人尋問において、被告は本件事故直後に原告車の左前部が道路脇の花壇のブロツクにひどく接触していたことを目撃したとし、原告車の状態を見て、被告車との衝突による衝撃よりも、右花壇との接触による衝撃の方が大きいと思つた旨供述し、原告代理人から乙第四号証から認められる原告車の状態との矛盾を指摘されて、原告車の花壇のブロツクに接触していた部分は左前輪のタイヤであつて前部バンパーは破損しなかつたと思うと供述を変更するというように、その供述は、信憑性につき多大の疑問を抱かせるものといわなければならない。

以上の事情に照らせば、本件事故の態様に係る被告及び反訴原告の前記各供述部分は、到底信用することができないものというべきである。

(三)  右(一)の事実によれば、被告は、本件交差点において本件交差道路から国道一号線に右折進入するに当たり、同所には一時停止の規制が行われていた上、右国道は本件交差道路に対し優先道路であり、しかも、左方から原告車が右道路を直進走行し至近距離に接近していたのであるから、一時停止をして、原告車の通過を待ち、その後に右折を開始すべき注意義務があつたにもかかわらず、右義務を怠り、一時停止をすることもなく漫然と本件交差点への右折進入を開始したため、本件事故を惹起させたものといわなければならない。

しかし、原告も本件交差点を通過するに当たり、最高速度の規制を一〇キロメートルないし二〇キロメートル超過する高速度で進行したものであり、そのことも本件事故発生の一因となつたものといわなければならないから、原告にも過失があつたものというべきである。

そして、双方の過失を対比すると、その割合は、被告が七割、原告が三割と認めるのが相当である。

二  争点2について

証拠(甲三、六、乙七の1、2)によれば、原告は、本件事故によつて原告車が破損したことにより、四一万二七八〇円の修理費相当の損害を被つたことが認められる。

右金額から、前記の過失割合に従い三割を控除すると、被告が賠償すべき原告の損害額は二八万八九四六円となる。

三  争点3について

反訴原告は、本件事故の発生については原告に全面的な過失があることを前提として、反訴原告に生じた弁護士費用を除く損害額の合計を四〇三万九一七五円と主張し、また、本件全証拠によつても、本件事故による反訴原告の損害額が右主張の金額を超えることを認めることはできない。

そして、反訴原告は被告の妻であるから、民法七二二条により、本件事故発生についての被告の過失は、反訴原告と身分上も生活関係上も一体をなすとみられる関係にある者の過失として、原告が賠償すべき反訴原告の損害額を算定するにつき斟酌すべきであり、前記の過失割合に従つて過失相殺をすると、右賠償額は一二一万一七五二円を超えるものではなく、反訴原告の右損害は、自賠責保険から二四〇万円の支払を受けたことにより、既に填補されていることが明らかである。

したがつて、反訴原告の原告に対する反訴損害賠償請求は理由がない。

四  争点4について

被告が本件事故による被告の損害の内容及び金額を主張、立証しないことは前記のとおりであるから、原告の被告に対する本訴債務不存在確認請求は理由がある。

(裁判官 大谷禎男)

交通事故目録

1 日時 平成七年一月一六日午後一〇時ころ

2 場所 愛知県豊明市阿野町惣作七〇番地一車道上り線三二・九キロポスト先路線上(国道一号線)

3 被告車 普通貨物自動車(名古屋四七に一六四三)

4 右運転者 被告

5 右同乗者 反訴原告

6 原告車 普通乗用自動車(豊橋五五り六三七〇)

7 右運転者 原告

8 事故の態様 原告車が優先道路を東から西へ直進走行中、被告車が一時停止標識のある交差道路から北から西へ右折進入し、原告車と衝突したもの。

別紙第一図面

交通事故現場見取図

別紙第二図面 略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例